大化の改新の真実!乙巳の変との違いや裏に潜む新説を徹底解説!
かつて日本の歴史教科書では、645年に始まった一連の政治改革をまとめて「大化の改新」と呼んでいた。だが、現在の歴史教育では用語の整理が進み、645年に飛鳥板蓋宮で起きた蘇我入鹿暗殺事件そのものは「乙巳の変(いっしのへん)」と呼んで区別するのが一般的だ。
語呂合わせとしては「蒸し殺し(645年)」や「無事故(645年)の大化の改新」が長年親しまれてきた。しかし、政変である乙巳の変が645年に起きた後、翌646年に出された「改新の詔(みことのり)」を皮切りに数年間かけて実行された一連の改革事業全体を「大化の改新」と指すのが現在の学術的定義である。