大師山清大寺の真実|380億の越前大仏と経営破綻から奇跡の復活

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大師山清大寺の歴史を語る上で欠かせないのが、大手タクシー会社「相互タクシー」の創業者である実業家・多田清(ただ・きよし)氏(1905〜1991)の存在です。勝山市片瀬の農家に生まれた多田氏は、若くして単身大阪へ渡り、1台の中古車からタクシー事業を興して一代で業界トップクラスの企業グループを築き上げました。

立志伝中の人物となった多田氏が晩年に抱いた悲願、それこそが「故郷・勝山への報恩感謝」と「過疎化が進む郷土の永続的な観光振興」でした。氏の自著や当時の関係者の証言によると、多田氏は生前、「事業で得た財産は社会へ還元すべきもの。故郷に世界に誇れる名所を遺し、末永く人々に参拝してもらいたい」という強い信念を語っていたと記録されています。

1987年(昭和62年)5月、およそ3年の歳月と総工費約380億円に及ぶ私財を投じ、約22万平方メートルもの広大な敷地に大師山清大寺が開眼・落慶しました。中国・洛陽の龍門奉先寺にある石窟本尊を模した越前大仏をはじめ、鉄骨鉄筋コンクリート造の壮大な大仏殿、南大門、日本庭園、門前町が一気に整備されたのです。

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