徳勝もなみの現在は?佐世保女子高生殺害事件の真相と生い立ちの闇
金属バット事件によって父娘関係は修復不可能な段階に突入しました。命の危機を感じた父親は警察に被害届を出さず、少女を精神科病院に入院させます。ところが、事態をさらに複雑にしたのが、父親が母の死からわずか約7ヶ月後の2014年5月に別の女性と再婚したことでした。
新しい母親を受け入れられない少女に対し、父親は高校進学を機に佐世保市内の賃貸マンションを用意し、15歳という若さで一人暮らしをさせました。この「一人暮らし」という判断は、事件後に世間から「ネグレクト(育児放棄)ではないか」「危険な兆候を知りながら隔離した」と激しいバッシングを浴びることになります。
しかし、父親の手記や周囲の弁護士仲間への相談記録からは、父親自身が娘の異常な攻撃性に恐怖し、同時に新生活を守るために娘と物理的な距離を取るしかなかったという限界状況が浮かび上がります。父親は経済的な支援を惜しまず、定期的に家政婦を派遣して生活を見守ろうとしましたが、少女の内面に潜む暗黒の衝動を一人暮らしの密室が加速させる結果となりました。
凶行の直前、診察にあたっていた精神科医は少女の「人を殺したい」という発言を極めて危険と判断し、2014年7月23日に長崎県の児童相談所へ緊急連絡を入れました。しかし、児童相談所側は即日の対応を取らず、関係機関連携の会議を週明けに設定したまま放置。その隙間を縫うようにして、わずか3日後の7月26日に最悪の凶行が決行されたのです。
事件発覚から約3ヶ月後の2014年10月、父親は佐世保市内の自宅で首を吊って自ら命を絶ちました。「取り返しのつかないことをした」という被害者遺族への贖罪と、世間からの猛烈な非難、そして娘の凶行を食い止められなかった絶望が、彼を死へと追いやったとされています。