高橋由伸の若い頃が美しすぎる!アイドル級イケメンと天才打者の全真相
高橋由伸の伝説は、神奈川の名門・桐蔭学園高校時代からすでに始まっていました。1年夏から名門のレギュラーを掴み、1991年夏の甲子園、1992年春夏の甲子園と3季連続で聖地の土を踏んでいます。当時の高校野球界でも類稀な打撃センスは全国に知れ渡っていましたが、その才能が真の爆発を見せたのが慶応義塾大学環境情報学部(SFC)への進学以降でした。
東京六大学野球の舞台において、高橋由伸はまさに生ける伝説となりました。特筆すべきは、1997年秋の早慶戦で達成された通算23本塁打の大記録です。それまで田淵幸一(法政大学)が保持し、約30年間誰一人として破ることができなかった通算22本塁打のリーグ記録を更新した瞬間、神宮球場は地鳴りのような大歓声に包まれました。在学中には3冠王を2度獲得し、ベストナインにも外野手として3度、三塁手として2度選出されるなど、打撃・守備・走塁のすべてにおいて異次元の完成度を誇っていたのです。
当時の特番インタビューや自著・手記で語られたエピソードによれば、神宮球場の打撃練習で彼が放つ打球は軽々とネットを越えて外の絵画館周辺まで届いてしまい、練習中に急遽「由伸シフト」として打撃ケージの位置を前進させたり、通行人の安全を確保するための警備員が増員されたりしたという逸話も残されています。