甲子園の空を揺らした怒号の記憶——「伝説の5打席連続敬遠」が今なお現代の日本人に投げかける問い
事件の直後から、日本全国のメディアや民衆の間で空前の大論争が巻き起こった。「勝つためのルールに基づいた当然の戦略である」と評価する現実主義者たちと、「高校生の教育の場において、真っ向勝負を避ける姿勢はスポーツマンシップに反する」と糾弾する理想主義者たち。世論は真っ二つに割れた。
当時、明徳義塾の宿舎には抗議の電話が殺到し、脅迫めいた嫌がらせまで発生した。ルール上は何ら違反していないプレーが、なぜそこまで人々の倫理観を逆撫でしたのか。それは、日本の高校野球が単なる競技スポーツを超えて、一種の「道徳的聖域」として扱われてきた歴史と深く結びついている。
批判の矢面に立った馬淵監督は後に、「高校生にプロのような怪物と勝負させるのは酷であり、勝つためにはこれしかなかった」と語っている。自校の生徒たちを勝たせたいという指導者の強烈な情熱と、世間が期待する「爽やかな青春の美学」とのズレが、あのすさまじい摩擦を生み出したのである。