岡林信康『山谷ブルース』が放送自粛になった本当の理由【徹底解説】
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インターネット上では今なお「『山谷ブルース』は国家権力によって放送禁止に指定された危険な歌」という言説が散見されますが、これは歴史的な事実誤認です。日本国憲法下において、国家が法的に楽曲を「放送禁止」にする制度は存在しません。
真相は、日本民間放送連盟(民放連)がかつて設けていた内部内規である「要注意歌謡曲指定制度」にあります。1960年代後半から70年代にかけ、放送局側は「差別用語の使用」「公序良俗に反する表現」「特定地域への配慮」などを名目に、自主的な放送自粛リストを作成していました。『山谷ブルース』における「ドヤ街」「手配師」といった日雇い労働現場の実態を描いた語彙が、行政や特定団体からの抗議を恐れるメディア上層部の忖度を招き、「放送自粛(事実上の締め出し)」の対象となったのが真実です。
体制批判や社会矛盾をありのままに提示する表現を、メディア自らが率先して排除していった事態は、戦後日本メディア史の大きな汚点であり、タブー化されたことでかえって若者たちの間で「本物の歌」としての神話性を高める皮肉な結果を生み出しました。