竹田恒泰と皇室の真相|旧皇族復帰論と家系図から読み解く最新動向
話題沸騰中の 竹田恒泰と皇室の真相|旧皇族復帰論と家系図から読み解く最新動向について、多角的な視点をご紹介しています。
竹田恒泰氏の言論活動を理解するうえで外せないのが、その出自と皇室との血縁関係です。竹田氏は1975年生まれ、慶應義塾大学法学部を卒業後、憲法学者・作家・実業家として多方面で活動しています。父は日本オリンピック委員会(JOC)の前会長を務めた竹田恒和氏です。
竹田宮家は、北白川宮能久親王の第1王子である恒久王が1906年に創設した宮家です。恒久王は明治天皇の第6皇女・昌子内親王と婚姻したため、竹田恒泰氏は母方(女系)を通じて明治天皇の玄孫(4代後の子孫)に該当します。
同時に、父方(男系)を遡ると室町時代の崇光天皇(北朝第3代)に行き着く伏見宮系統の男系子孫でもあります。1947年、GHQの占領政策下において11宮家51名が皇籍を離脱(臣籍降下)させられましたが、竹田宮家もそのなかのひとつでした。竹田恒泰氏自身は皇籍離脱後に生まれているため、出生時から一般国民の戸籍を持っていますが、血統上は旧皇族の男系血脈を引く当事者の一人です。