なぜ津市の国宝・専修寺に参拝者が絶えない?御影堂と如来堂の見どころを徹底解説
専修寺の歴史を紐解くには、鎌倉時代の関東へ遡らなければなりません。浄土真宗の祖・親鸞聖人は、越後流罪の後に東国へ向かい、下野国高田(現在の栃木県真岡市)に根本道場を構えました。これが「専修寺」の発祥です。その後、第10世真慧上人が教線の拡大に伴い、東海・北陸方面への布教拠点として文明年間(1470年代)に伊勢国一身田に無量寿院を開いたことが、現在の津市専修寺の直系ルーツとなります。
戦国時代の兵火により下野の本山が打撃を受ける中、伊勢一身田の寺院が教団の実質的中心となり、本山機能が完全に移転しました。専修寺が真宗大谷派や浄土真宗本願寺派といった京都の巨頭と一線を画すのは、「親鸞聖人の血脈ではなく、弟子の法脈(教学の継承)を重んじる独自性」を維持してきた点にあります。
この歴史的重みを最も雄弁に物語るのが、境内の宝物館が管理する膨大な文化財群です。特筆すべきは、国宝に指定されている親鸞直筆の『西方指南抄(さいほうしなんしょう)』全6冊と『三帖和讃(さんじょうわさん)』です。聖人が自らの手で書き記し、推敲を重ねた生々しい墨跡が、数百年の歳月を超えて完全な状態で遺されています。宝物館の特別開館日には、歴史学の第一級史料を間近で鑑賞できる貴重な機会として、全国から熱心な歴史愛好家が集結します。