なぜ鎌倉幕府は1185年になった?「いい国」が教科書から消えた衝撃の真相
Q1:高校入試や大学入学共通テストでは、鎌倉幕府の成立を1192年と書くと減点されますか?
A1:現在の入試問題では、単純に「幕府が成立した年を答えよ」というような曖昧な単答問題自体が原則として出題されません。「頼朝が守護・地頭の設置を認めさせた年(1185年)」や「頼朝が征夷大将軍に任じられた年(1192年)」のように、具体的な歴史的事象と結びつけて出題されます。設問の文脈を正確に読み取り、問われている出来事に応じた年号を回答すれば減点される心配はありません。
Q2:1185年の覚え方として「いい箱」以外に覚えやすい語呂合わせはありますか?
A2:受験生の間では「いい箱(1185)作ろう」がもっとも定着していますが、他にも「いいパパ(1185)頼朝」「いい矢籠(1185)背負って壇ノ浦」などのバリエーションがあります。平氏滅亡とセットで覚える場合は「いい矢頃(1185)平氏滅亡」と覚える手法も塾現場で採用されています。
Q3:なぜ頼朝は1185年の段階ですぐに征夷大将軍にならなかったのですか?
A3:最大の障壁は後白河法皇の政治力でした。老獪な後白河法皇は武士の台頭を強く警戒しており、頼朝に強大な軍事大権を与える征夷大将軍のポストを与えることを頑なに拒み続けました。頼朝自身も朝廷秩序を全面否定することは望まず、法皇の生存中は無理な任官を避けました。法皇が1192年3月に崩御したことで、ようやく政治的障害が取り除かれ、数カ月後の将軍任官へと至ったのが真相です。