ニューヨーク屋敷のAd時代が壮絶!わずか半年で辞めた決定的な理由と真相
屋敷裕政氏のメディアキャリアは、同志社大学文学部社会学科メディア学専攻での学びから始まっています。学生時代からテレビカルチャーへの関心が強く、国語と社会の教員免許を取得する知性派でありながら、選んだ進路は番組制作の現場でした。彼が新卒として2008年4月に入社したのが、ドキュメンタリーや骨太な情報番組で高い評価を得ていた制作会社「ネツゲン(NETSUGEN)」です。
入社直後から彼が配属された現場は、フジテレビ系の超人気クイズバラエティ『ネプリーグ』をはじめとするゴールデン帯の大型番組でした。また、日本テレビ系を代表する『ザ!鉄腕!DASH!!』などの現場にも関わっていたとされ、華やかな画面の裏側にある想像を絶する重労働が日常を支配していました。当時のテレビ業界は「働き方改革」が叫ばれる以前の過酷な時代であり、新入社員であるADには文字通り不眠不休のタフネスが求められていたのです。
当時の特番インタビューや本人の回想によると、毎日の睡眠時間は2〜3時間あれば良い方で、局の編集室や制作会社のデスクの下に段ボールを敷いて仮眠を取る生活が常態化していました。具体的な業務は、大量のロケ弁の発注と管理、クイズ問題の事実確認(リサーチ)、小道具の買い出し、カンペの清書、さらには収録テープの運搬まで多岐にわたります。ミスが許されない緊迫したスタジオ収録において、先輩ディレクターからの厳しい叱責が飛び交う環境は、肉体的にも精神的にも限界を試される極限状態でした。