生類憐れみの令とは?天下の悪法の嘘と徳川綱吉が定めた真実
Q1:なぜ徳川綱吉は「犬公方」と呼ばれるようになったのですか?
A1:綱吉が丙戌(ひのえいぬ)年生まれであったことから犬を特に手厚く保護したこと、また野犬被害を防ぐために大規模な犬屋敷を建設したインパクトが庶民に強烈だったため、後世に揶揄を込めて呼ばれるようになりました。
Q2:生類憐れみの令によって本当に蚊を殺して死刑になった人はいるのですか?
A2:公式な裁判記録には蚊やハエを殺害して死刑や流罪になった事例は一切確認されていません。大半は綱吉の死後に書かれた創作文学や風刺話が事実として広まったものです。
Q3:生類憐れみの令はいつ、どのようにして終わったのですか?
A3:1709年に綱吉が死去した直後、第6代将軍となった徳川家宣によって過度な規制や登録制度が廃止されました。ただし、捨て子や病人の保護を定めた社会福祉的な規定はその後も幕府の基本方針として継続されました。