辻政信はなぜ消えた?ラオス失踪の真相と「作戦の神様」と呼ばれた男の正体
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辻政信の名が軍内外に轟くと同時に、その破滅的な軍事指導が露呈したのが1939年の「ノモンハン事件」でした。関東軍参謀として現地に赴任した辻は、上層部や中央統帥部の意向を無視し、越境爆撃や強硬な作戦を独断で推し進めました。結果として近代化されたソ連赤軍の圧倒的な機甲部隊と砲兵火力の前に日本軍は壊滅的な打撃を被ることになります。
さらに深刻だったのは、自らが招いた敗戦の責任を現地の部隊長らに転嫁し、敗北を喫した連隊長らに自決を強要・教唆した点です。この極めて理不尽な振る舞いは、後年の「悪魔の参謀」という悪名の決定打となりました。
太平洋戦争勃発後の1942年「ガダルカナル島の戦い」においても、辻は現地参謀として強引な夜間突撃作戦を強行。米軍の圧倒的な物量と陣地防御を軽視し、密林の中での飢餓と病魔による悲惨な消耗戦を招く結果となりました。中央の命令を都合よく解釈し、精神論で兵站(ロジスティクス)を無視する辻の作戦思想は、多くの将兵の命を無為に散らす元凶となったと現在も厳しく批判されています。