四日市は何県?愛知と誤解される理由と三重最大都市の真実【2026】
「県内で最も人口が多く、商業・工業の中心地である四日市市が、なぜ県庁所在地ではないのか」という疑問も頻出するテーマです。2026年時点の最新住民基本台帳および推計人口データを比較すると、両市の力関係は数字上、極めて明確に現れています。
なぜ四日市市が県庁所在地にならなかったのか。その理由は明治初期の廃藩置県と県域統合の経緯に遡ります。1871年の廃藩置県直後、現在の三重県北部は安濃津県(のちに津から四日市へ県庁を移転し「三重県」へ改称)となり、南部には度会県が存在していました。1876年に両県が合流して現在の三重県が誕生した際、南北に細長い県土の地理的重心を考慮し、中央付近に位置する旧藤堂藩32万石の城下町・津に県庁が再移転されたのです。
この歴史的配分によって、津市が官公庁や国立三重大学などを集約した「行政・教育の街」としての静けさを保つ一方、四日市市は旧東海道の宿場町・港町から近代石油化学コンビナート、先端半導体工場へと舵を切り、「民間の稼ぐ力」で県内最大のメガタウンへ成長を遂げました。