スネ夫役・肝付兼太がジャイアンに捧げた涙の弔辞…知られざる絆と生涯の真相
長年親しまれてきた国民的声優でありながら、一般にはあまり知られていない事実や、ネット上で誤認されがちなポイントがいくつか存在します。その代表例が「初期ドラえもんにおける配役」と「名門家系のルーツ」です。
現在では「肝付兼太=スネ夫」というイメージが完全に定着していますが、実は1973年に日本テレビ系列で放送された最初のテレビアニメ版『ドラえもん』において、肝付さんはジャイアン(剛田武)役を演じていました。その後、1979年にテレビ朝日版としてリニューアルされた際にスネ夫役に抜擢され、ジャイアン役をたてかべ和也さんが引き継ぐという、運命的な役のバトンタッチが行われていたのです。たてかべさんとの掛け合いにおける絶妙な阿吽の呼吸は、双方が双方の役の心理を深く理解していたからこそ成立した奇跡的なバランスでした。
もう一つの知られざる側面が、その高貴な出自です。肝付兼太さんは1935年11月15日、鹿児島県揖宿郡喜入村(現在の鹿児島市喜入町)で誕生しました。肝付家は、中世の大隅国(現在の鹿児島県東部)で島津氏と覇を競った戦国大名・肝付氏の直系末裔にあたります。明治維新後、一族からは海軍中将として功績を残した肝付兼行をはじめ、数多くの要人を輩出しました。
3歳で上京し東京都板橋区で育った肝付さん自身は、名門の威光をひけらかすことは一切ありませんでしたが、舞台や声優としてのストイックな仕事ぶり、礼節を重んじる姿勢には、薩摩武士の気骨と品格が宿っていたと古くからの知人は述懐しています。