トラピスト大修道院の真実|女人禁制の謎と絶品バターの歴史を徹底解剖

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津軽海峡からの強い海風が吹きつける北斗市三ツ石の原野に修道士たちが足を踏み入れたのは、1896年(明治29年)のことでした。フランスのロ・トラップ修道院から派遣されたジェラール・プーリエ神父をはじめとする数名の修道士が、荒れ果てた山林を切り拓いたのが「厳律シトー会 灯台の聖母トラピスト大修道院」の創割です。

厳律シトー会は、カトリック教会の中でも特に戒律が厳格とされる会派です。その根底を流れるのは、6世紀に聖ベネディクトが定めた「祈り、働け(Ora et Labora)」の精神に他なりません。俗世の富や名声を捨て去り、一切の私有財産を持たず、自らの手による労働の収穫物だけで共同体を維持する自給自足の規律が、今も忠実に受け継がれています。

入植当初の過酷さは、修道院に残る当時の日誌にも赤裸々に記されています。厳冬期の猛烈な地吹雪、未開地の開墾による飢えと疲労、言語や文化の違いに苦しみながらも、修道士たちは祈りを欠かしませんでした。日本における西洋式酪農の草分けとして乳牛を導入し、荒野を豊かな牧草地へと変貌させた歩みは、北斗市の地域開拓史そのものとも重なっています。

井上 凛

井上 凛

シニアコンテンツプロデューサー

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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