尾崎豊『街路樹』の真実|逮捕と復活劇の裏に秘めた叫びを解剖

尾崎豊『街路樹』の真実|逮捕と復活劇の裏に秘めた叫びを解剖を詳しくリサーチ! 知っておきたい 情報と解説を凝縮して配信します。

『街路樹』の制作過程は、日本のロック史上でも類を見ない難航を極めました。当初は1987年4月のリリースが告知されていたものの、曲が揃わずレコーディングは度々中断。度重なる発売延期の理由は、単なるスケジュール遅延ではなく、プロデューサーの吉野金次氏ら制作陣と尾崎自身が求める「本物の言葉と音」が、薬物による混乱と精神的疲弊によって結実しなかったことにありました。同年10月に先行発売されたシングル『核 (CORE)』は、演奏時間9分近くに及ぶ大曲であり、核兵器や文明社会への不信、出口の見えない混沌とした心情が圧倒的な熱量で叩きつけられています。

そして拘置所からの保釈後、急遽レコーディングされ1988年6月にリリースされたのが傑作シングル『太陽の破片』でした。テレビ出演を拒み続けていた尾崎が、1988年6月22日放送のフジテレビ系『夜のヒットスタジオDELUXE』に生涯で唯一となる生出演を果たし、汗と涙で顔を濡らしながら同曲を熱唱した姿は、昭和のテレビ史に残る伝説の一幕です。

興味深いことに、この起死回生の大ヒット曲『太陽の破片』は、オリジナルLPおよび初期CD版の『街路樹』には収録されませんでした。「商業的な都合でヒット曲をアルバムの体裁合わせに使いたくない」という尾崎のアーティストとしての純粋な矜持と、アルバム全体を一編の純文学作品として完結させたいという制作陣のこだわりが一致した結果でした。

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