緊急地震速報の音が怖い理由とは?計算された不協和音とスマホ設定の真相
「あの音を聴いた瞬間に血の気が引く」「トラウマになっていて着信音に似た日常音でも過剰反応してしまう」。インターネット上で幾度となく議論されるこの恐怖感には、明確な科学的根拠が存在します。人が警告音に対して抱く情動は、音そのものの物理的特性と、大脳扁桃体による警戒反応がダイレクトに連動しているためです。
テレビ放送で用いられるNHK緊急地震速報チャイム音の開発を手がけたのは、音響工学の世界的権威であり福祉工学研究でも知られる東京大学名誉教授の伊福部達(いふくべ・とおる)氏です。作曲家として映画『ゴジラ』のテーマを手掛けた故・伊福部昭氏の甥にあたる同氏に対し、NHKから課された開発要件は極めてシビアなものでした。
「就寝中の人を確実に覚醒させること」「日常生活の環境音(洗濯機、テレビ、街の喧騒)に埋もれないこと」「加齢性難聴の高齢者でも聞き取れること」、そして何より「パニックを引き起こしてベランダから飛び降りるような過剰錯乱を招かないこと」。これらの相反する条件を満たすべく、数千パターンにおよぶ音の組み合わせと被験者実験を経て導き出されたのが、あの特有の和音構成でした。
一般に「不協和音」と表現されることが多いあの音ですが、純粋な音楽理論上では完全な不協和音ではありません。伊福部氏が設計したのは、親しみやすい長調の和音(Cメジャーなど)を基調としながら、わずかに緊張感を孕む周波数成分を重層的に重ねた変形和音です。美しいメロディにすると心地よさから危機感が薄れ、逆に完全な破壊音やノイズにすると人は恐怖で思考停止(フリーズ)に陥ります。「注意を瞬時に引きつけつつ、行動を起こすための理性を残す」という極限のバランスが、あの独特のざらつきと不気味さを生み出しているのです。